岡田記念館・翁島別邸 (56 画像)
下野の栃木はかつて巴波川の舟運によって栄えた商人の町である。嘉永4年生まれの岡田孝一は、隠居してその長男嘉右衛門に家督を譲ったものの、当時足尾銅山の開発に着手した古河市兵衛と誼(よしみ)を結び、東京への産銅の輸送鉱毒解消用石炭の供給などに尽力し、家運を増長させた。栃木から巴波川の舟運で、渡良瀬川より利根川に出て東京へ送り込むことに着目したのは、明治18年の頃で、その内水路のよる回漕を請け負った。岡田家の船着場は、町の北部にある小平町内の巴波川河畔にあて上河岸とも呼んでいる。稚趣に富み、普請好きだった当主は、齢70を迎え別荘建築を発起し、その地を鉄道開通によって、不要になった自家の荷揚場を選んで、巴波川に南面し裏手に水を巡らし約7反歩にわたる、一面は島にも似せたものである。一部二階建総瓦葺、建坪約100坪の木造隠居家を構えたのである。特に用材については、東京の木場で吟味買付、自家の庭でひかせたもので、桧材はすべて木曽産である。廊下に使った長さ6間半幅3尺、厚さ一寸の欅板は、町内の老巨木を割らせて張ったもので、町内練達の工匠達が技を競い、竣工したのは大正13年で、栃木市における大正期を代表する木造建築といえよう。ここに嘉右衛門町の本亭から移り住んで米寿を迎えた当主をいつしか翁といい、この別邸を翁島別邸と呼ぶようになった。

●岡田記念館

・栃木県栃木市嘉右衛門町1-12
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